私の実家には家庭内マウンティングが昔からあった。

トップは母
次に姉
3位父
ドベ私

基本的に母と姉がタッグを組んで父のことは普段から見下し発言をしまくるけど、実際お金を持ってくるのは父なので、最低限家に入れないとか食事抜きとかそういうことはしなかった3位。

そしてそれすらないのがドベだった。

とはいっても衣食住は母の機嫌がよっぽど悪くなければあったし、今思ってもギリギリ虐待にはならないとおもう。

ただ「末っ子なんだから炊飯器の暖かいご飯じゃなく冷凍ご飯をお前はたべろ」(炊飯器にお米が残っててもね)とか、昔3LDKに住んでた頃各自部屋があったんだけど人数的に一人分足らない。

「目下の奴が我慢しなさい」と言ってリビングのソファで寝起きしたりとか、あとこれはどうでもいいことかもしれないけど、姉には小遣いやプレゼントがあったり、子供の頃は誕生会もしてたけど私はそれらを1度も味わったことがない。

つまり生活はできるけどちょっと特別な何かとか、家族と同レベルの待遇のものは無かった。

幼い頃は洗脳的にそれが一番年下な子供には当然の待遇だと思っていたんだけど、段々自分にも友達とか家族以外のつながりができた頃

なんでこの子も末っ子なのにこの子は可愛い服を着てるの?なんでこの子は末っ子なのにお母さんとお出かけしたりオヤツが食べれるの?なんて疑問が出始めて、我が家が「異常とは言い難いけど正常ではない」と気付いた。

そしてそのころ離婚して父がいなくなった。

もうそうなれば言い方は美化してるっぽいけど王子様と会う前のシンデレラ状態で、餓死しないだけ有難い。学校の制服があるから裸にはならない、そんな気持ちだった。

高校の進学はさせてもらえたけど、バイトができる年齢になって稼ぐようになり学歴より自活力が欲しくなった

なので高校をやめて仕事をして家を出た。

今思うと高校辞めたのは選択ミスだけどそうしないと生きることすら辞めそうな自分がいたから。

そこからは殆ど交流もなく自分なりの幸せを掴んでいたけど絶縁はしていなかった。

たまに会うこともあってでも生活が一緒じゃないから多少の暴言はスルーできるようになったし、むしろあちらもそういう発言が減ってたから絶縁まではしなくてもな。という甘い気持ちがあった。


ある程度の言動ならもう気にならないと思っていたんだけど、先月ある事情があって姉と母に会った。

そこでは容姿をバカにしたりとかされたけどそのくらいはスルーしてた。

ただ姉と母の昔の認識を改めて聞いてもう2度と関わりたくないと思ってしまった

「お前はちょっとブスだのノロまだのからかうだけで間に受けてうざかった。(ちょっとどころか顔見る度に言われてたけどね)生活力のない子供の癖に権利を主張してきて(私も炊飯器のご飯が食べたいとか)何様なんだと思ってきた。」ってなことを言われた。

私としては何をされても甘んじて生きてきたつもりだったけど「私が生意気で主張が激しくて鬱陶しいやつだった」ってことらしく。

自分の記憶が被害妄想に囚われてて実際母たちが言うようにただ生意気な子供だからお灸を据えられてたのか、母たちの記憶が美化されてるのか、私にはもう判断できない。

だれのしょうげんも宛にならないなら昔の真実なんてもうどうでもいいから思い出すことすらしたくない。

でも実際縁を切るって音信不通になったところで私の記憶は変わらないし、もうどうしていいのかわからない