数年前に老衰で亡くなった祖父に衝撃(長文でごめん)

当時、東京から夏休みに来ていた私を祖父が珍しく畑仕事に連れ出し、昼食の時に初めて戦時中の話をしてくれた

自宅に帰って、それから8日後に祖父は老衰で亡くなった

戦時中の話

祖父は駆逐艦・夕雲の幹部で「キスカ島撤退作戦」に参加

夕雲は400名近い陸軍の守備隊を収容して本土へ帰投

その作戦中、ある守備隊の偉い人が部下を大発に乗せて、自分は最後に乗り込む事に

夕雲にあと少しのところで荒波が襲い、数名が弾みで海へ

間もなく、その数名は収容されたと他の艦船から報告を受けたので撤退しようと祖父がふと海を見たら、波間に偉い人が漂っているのを発見し、祖父が命懸けで救助


葬儀を済ませ、法要の時にだけ東京から田舎に往復するくらいになった最近のこと

18きっぷが1つ余ったのでプライベートな墓参りをしようと、計画を立てて実行

現地(寺)滞在時間は40分まで、始発で出て、終電1本前に自宅に戻る内容

15時頃、祖父母が眠る墓に到着

すると、足腰元気そうだがかなり高齢の爺さんがせっせと草むしりをしていた

見覚え無いので、不審に思いながら声を掛けたら、「(祖父)のお孫さんかい」と質問されたので「はい」と返した

爺さんは作業を続けながら「ある時な、(祖父)に命を救ってもらったんだ。どっちも死んでもおかしくなかった。せめて動けるうちは、こうして少しでもご恩返ししなければと来ているんだ」

その時、もしかしてと必死になって祖父の戦争の話を思い出して、何とか話している間、爺さんは話に頷きながら作業を終え、手際よく帰り支度を済ませていた

話し終え、少しの間があると、爺さんは物凄い良い姿勢になって、墓石に向かって敬礼しながら

「(祖父)よ、心優しい良い孫を持ったな!」と良く通る声で言い、敬礼の手を下げて、踵を返して私を向き、笑顔を見せて一礼して帰って行った

無駄な動作なく、素直に格好良いと思い、姿が見えなくなるまで見送ってしまった


今ちょっぴり悔やんでいるのは、父母が遺品には興味薄く、祖父の遺品の殆どが親戚に行ったこと

祖父のお手紙だけは親が受け取ったが、勲章や戦時中の写真類は親戚へ

思い出せる範囲だが、長門、雪風、酒匂、葛城、沖波、夕雲、榛名、鈴谷、数字だけの航行写真は確実にあった

数字は覚えやすくて「110」で、戦艦の感じだったなあ。