思い出語る。

実家が会社を経営している婚約者がいた。

別々の大学に通っていたけどコンパで知り合った。

「いずれ家を継ぐから、将来のことを考えてほしい」

と言われて、私もその気でいた。

卒業後、彼は実家に就職し、彼母と姉が事務をしていたので、私は別の中小企業に就職した。

そこで経理を習い、会社の勧めで簿記の資格も取った。

今勉強しておけば、彼の支えになると思った。

しかし20代半ばを過ぎたとき、病気にかかった。

とにかく吐き気がひどく、なにも食べられない。

みるみるやせ細り、入退院を繰り返した。

悲しむ親を見るのもつらかった。会社も退職した。

でもその時は

「早く良くならなきゃ」

「良くなって彼と結婚しよう」

と思っていた。

何度目かの入院をしたとき彼の母が訪れた

「悪いけど、体の弱い人は嫁に来てもらっても困る」

というようなことをオブラートに包んで長々と言われた。

彼と話して

「あなたも同じ考えなのか」

と聞くと

「俺は社長として何十年と会社を支えていかなきゃ行けない。支えてくれる人じゃないと…」

ショックだったが、彼らの言い分も理解できた。

務めていた中小企業も同じような形態で、社長も夫人も毎日走り回っていた。

高級車に乗っているし、年に二回海外旅行にいくし、そこだけ見ると羨ましかったけど、それ以外の時間は家でも会社でも仕事仕事。

たしかに病弱ではこれはできない、こんな体では…と泣く泣く彼と別れた。

本当はもう少し待ってほしかったが、彼は「ごめん」と言って去って行った。


数年たって、私はある薬が画期的に効果が出て回復し、社会復帰できた。

実はそれまでも年に数回元婚約者と連絡は取っていた。

季節のあいさつ程度の短いやり取り。

でもそれも私の体調が良くなるころには途絶え気味になり「奥さんもらったのかな」と寂しいながら感じていた。

簿記の資格のおかげで就職。

そこで今の夫を紹介され、結婚した。

夫は普通の会社員。

そしてその会社の業務内容が元婚約者の仕事と同じだった。

本当に何気なく

「私その関係の××会社(元婚約者の会社名)ってとことちょっとだけ縁があったんだよね」

と言うと

「××って◇◇市の?あそこ先月つぶれたよ」と。

本当にびっくりした。

今までろくに思い出さなかったのに、数年ぶりに口に出したら「先月」に倒産なんて。

社長夫人(元婚約者の母)が倒れ、代替わりをして闘病生活に。

しかし一年ほどで亡くなり、妻を亡くした先代社長は痴呆になった。

ここまでなら同情する話なんだけど、痴呆になった先代は出来もしない仕事を請け負ったり、

「別の会社が資材を横取りした」

と勘違いをして怒鳴り込んだりとトラブルを起こし続けた。

痴呆といっても一見普通に見えたそうで、夫もあったことがあるが

「途中で急に変なことを言い出しておかしいと思ったけど、短いやり取りなら気付かない」

レベルだったそうだ。

中途半端に元気なのが良くなかったのか、先代はあっちでトラブル、こっちで事故とかき回し、誰もその会社に仕事を頼まない(頼めない)状態になってしまい、先月とうとう倒産したと。

「会社の人どうなっちゃったのかな」

と思わず聞いたけど

「職人はいくらでも仕事がある世界だから」

と聞いて一安心。

新しい社長(元婚約者)は独身だったと聞いて複雑な気分にもなったがその時もう彼の顔が思い出せないことに気づいて更に複雑だった。


それが去年の話。

そして今年の正月、私の実家に彼から年賀状が届いた。

(郵便ではなく宅配会社のメール便だったので、転送されなかった)

「お元気ですか?体調はどう?僕はまだ独り身で寂しくやってます(笑)久し振りに思い出話でもどうですか?」

どういう意図で送ってきたんもかわからないけど、親に「捨てておいて」と頼んだ。

彼に対する同情はあったけど、そのために誤解を受けるようなことはしないよと。

しかし父は年賀状に書かれていた彼の携帯電話の番号に電話をかけ

「娘は今結婚して子育てで忙しいので、振り回すようなことをしないでほしい。もう連絡はしてこないでください。この年賀状のことも娘には知らせません(これは嘘)」

と言ってしまった。

そのことをGW中に聞いて怒ったけど、言ってしまったものは仕方ない。

彼はなんと言っていたか聞くと

「そうですか、お幸せに」

とだけ言って切ったと。

何と言っていいのか、色々な考えや思い出が浮かんでしばらくずっと心がざわついていた。

今やっと落ち着いてきたので吐きだし。