ある借家に住んでいた時の事。

転勤の辞令が出て、いつものように急いで探した物件だった。

その都市はマンション自体があまりなくて、転勤生活の中で初めての戸建。

築30年ぐらいの2DKの平屋で少し手狭だったけど夫婦2人には十分。

引越し荷物の搬入が終わって、先に挨拶だけ済ませておこうと夫婦で出掛けた。

が、両隣とも共働きで遅いみたいで、3日通ったけど誰とも会えず

夜10時頃には電気がついてたけどあまり遅いのも失礼だと思い、挨拶の品と手紙をポストに入れて済ますことにした。

そのうち会えば失礼を詫びつつ改めて挨拶すればいいやと思って。


引越しの片づけも落ち着いた頃、料理をしているとガスコンロの真上の換気口から子供がはしゃぐ声がよく聞こえることに気が付いた。

キャッキャッキャッキャと笑い、舌足らずな言葉で叫び、時には泣いてる。

歌ってることもあった。

いつも男の子ふたりの声。

ああ、裏のお宅には小さい子供さんがいるんだな~と普通に思った。

換気口の出口は家の裏側に空いていたが、裏側には窓という窓がなくて、裏のお宅との境界の塀まで1mぐらい余裕があったが、雑草が伸び放題で通ることはない。

それなりの広さの庭があるお宅のようだったが、生活道路が全く別になるので会うこともなかったし、どんな人が住んでるのかも知らなかった。

聞こえるのはいつも午後の早い時間帯だったから特に不自然さもなく、それにしてもよく聞こえるもんだなぁと思ったものだった。

元々子供好きだったから、その声をBGMにして夕食の支度をしたものだった。


2年経ってまた辞令が出て、荷物を搬出した後に不動産屋の男性が査定に来た。

その時の雑談で何気なく「裏の元気な男の子の声が換気口から良く聞こえて面白かったです」って言ったら

「何かの空耳じゃないですか?」って言われた。

「裏は2軒とも老人の一人暮らしですよ」って。

「でもほら、今も聞こえません?ほら、男の子ふたりの声」って言ったら、変人でも見るような目で見られ「それよりここに印鑑を」と手続きを急かされた。

印鑑を押す時にも換気口から声が聞こえてたんだが、ふたり声を揃えて「ばいばい」って。