今考えるとあまり大したことないけど小学生だった私にとっては修羅場だったので投下

当時小学4年生だった私は家族5人でアパートに暮らしていた。

そのアパートは、階段を上がると左右に一部屋ずつあって踊り場を挟んでまた二階に二部屋、つまり上の階の部屋に行くには下の階の部屋の前をすべて通らないといけない作りになっていた。

そしてそんなアパートの4階に私一家が暮す部屋があった。

家族構成は
父(40)元公務員
母(36)専業主婦
姉(12)小6、しっかり者
私(10)小4、変わり者
妹(7)小1、甘えん坊

とまあごくごく普通の家族

だけどその時父は仕事から原付で帰宅中に車に突っ込まれて鎖骨を骨折して入院中だった。

そのため、毎日母が父の入院先にお見舞いに行っていた。

父が入院している病院に行くにはJRと市電を乗り継いで1時間以上かかる。

そのため小学生3人、特に大の乗り物嫌いだった妹を連れて行くのは難しく、かといって小1を一人で長時間留守番させるのも不安な為、車が出せるとき以外は私は妹と留守番だった。

その日もいつものように母と姉は父のお見舞いに行った。

だが出かける前母はいつもと違うことを言っていた。

その内容が「最近2階に住んでる女の人がおかしいらしいから気を付けてね。なんか毎日同じ赤いセーターを着てカッターを使って1階にある郵便受けの名札剥がして回ってるらしいから。

お母さんだ出た後必ず鍵をかけること、それからチャイムが鳴ってもすぐにドアを開けずにのぞき穴から確認すること」というものだった。

その時は、名札剥がして回るとかwww意味わからんwwwwぐらいにしか思わなかったが、分かったと答え言いつけどおり母が出かけた後鍵をかけた。


今思えば母の言いつけをちゃんと聞いてて本当に良かったと思う。

母が出かけてから2時間ぐらいしてからチャイムが『ピンポン、ピンポン、ピンポーン』みたいな感じで連続で鳴らされた。

だがなぜだか私はその時母が帰ってきたものだと思い込んだ。

おそらく、他人の家のチャイムをこんな風に鳴らすわけがない=他人じゃない=お母さんだ!!みたいな思考回路だったのではないかと思う。

なので私は「はいはーい」とか言いながら玄関に駆け寄った。

鍵を開けようとしたところで出かける前の母の言葉を思い出した。

例え母が帰ってきたのだとしても確認せずにドアを開けたことがばれたら怒られると思いのぞき穴でドアの前の人物を確認した。

その瞬間、の感覚はうまく言い表せれない。

血の気が引いたような息が止まったようなとにかくそんな感じだった。

ドアの前にいたのは赤いセーターを着た女の人だった。

しかものぞき穴越しから見てもこれあかんやつやと分かる目をしていた。

はっきり言うとイッちゃってる目だった。

さらに右手に何か持っている。これはヤバい。

私は音をたてないようにこっそりとチェーンをかけ妹がいるリビングに戻った。

その瞬間、玄関の方からドンドン!!ガンガン!!というドアを叩くというより殴るような音と「開けなさい!!いるんでしょ!!開けて!!開けなさい!!開けろ!!!」という声が。

妹は恐怖でボロボロ泣きながらコタツにもぐっていた。

本気の恐怖を感じた時って子どもでも泣き声なんて出ないんだよね。

私はそんな妹の手を引きベランダに出た。

当時住んでいたアパートのベランダは隣の部屋と薄い板1枚で遮られてるだけでほとんど繋がっていた。

私が外の出るとちょうど隣の部屋に住んでた人が洗濯物を取り込みに出てきた。

その人に何とか事情を説明し助けを求めた。

説明といっても実際には半泣きで「変な人が!!開けろってドアガンガンって!!」みたいなことを言ってただけだと思う。

それでも何とか状況を理解したお隣さんがお隣さんの部屋ののぞき穴から様子を見てくれた。

だがその時にはすでに赤セーターはいなかった。


その後私と妹は話を聞きつけた同じアパートに住む姉の同級生一家に保護されそこで母の帰りを待った。

連絡を受けてすっ飛んで帰ってきた母が迎えに来てくれて一緒に家に帰った。

その後その赤セーターがどうなったのか知らないが母が近所の人と話していた内容を聞いた限りでは、何やら精神病?みたいなものらしく普段は普通のおばさんなのだが何かしらのきっかけでスイッチが入ると奇行に走るらしかった。

しかもおかしくなっていた時のことは何も覚えていないという何とも厄介なものらしい。

当時は息子夫婦と住んでおり、後日息子と思われる人が謝罪に来ていた。(私と妹は思い出したくないだろうからと会っていない)

母にとって大変だったのはその後だと思う。

何せその人が住んでいたのは同じ棟の2階、我が家は4階、アパートから出るにはその人の部屋の前を通らなければならない。

なのでその後一年間毎朝1階まで見送り&帰りも1階まで迎えに来てくれていた。

さらに、その時のトラウマで私と妹の2人での留守番も出来なくなってしまった。

(母が買い物に行ってる時に姉まで友達の家に行こうとしてギャン泣きして止めた記憶がある)

幼い時のトラウマは思いの他強烈で赤いセーターを着た同じような体格に人を見ると今でも体が勝手に緊張します。


長々と失礼しましたm(__)m